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    2回目成人式とシニアLのロールモデル

    2014/02/11 Tue

    インフルエンザが猛威を振るう寒い日が続いてますね。
    皆さんお元気ですか?


    先月にはLGBT成人式が東京と大阪で開催。
    大阪では初の開催でしたね。
    沢山の人の力と地道な活動により、着々と世の中変わってきてる気がします。
    何を隠そう、私は今年で2回目成人式でした。
    奥さん、知ってた?
    最近は1/2成人式ってのが小学校行事であったりするらしいのよ?


    それはさておき。
    なんで年齢バレすんのにわざわざ2回目です~なんてここに書くかというと、
    別に私がMだからじゃなくってよ。
    私達セクマイの歳をとった時、
    つまりシニアLのロールモデルだけど、
    周りにないないないないおらんおらんゆうてるじゃないの。
    2丁目に行っても20~30代がほとんどで、
    40・50・60代以降…っていないはずは絶対ないのに一体どこにいるの?
    お酒飲まなくなるから?
    夜更かしできなくなるから?
    親の介護で忙しいから?
    そもそも枯れちゃってるの?
    なんて思ってるお若い方もいらっしゃるかもしれません。


    最近じゃネットやSNSが普及して、ミドル世代やシニア世代のセクマイの人の情報も皆無ではないけれど、それでもまだまだ多くはない。
    であれば敢えて書くことにも意味があるんじゃないかなと。
    枯れちゃった(笑)2丁目引退したレズビアンがどんな暮らしをしているのか。
    みんなが知りたいのって、
    もっともっと歳をとっておばあちゃんになってからの事だとは思うんだけど、
    40そこそこでもそれなりに教訓はあるのよ。
    正直に書いたから若干ヒクわ~って人もいるかもしれないけど、
    誰が認めなくても本当の話だからね。


    私が20代の頃。
    私はやっぱり女性が好き、それは妥協できそうにない、
    だから男性と結婚せず自立して生きていけるよう、
    一生働いていく覚悟を就職活動をする時に決めたの。
    私の生き方を支持してくれない親と一緒に暮らし続ける事はできなかったから、
    必然的にお金が必要だった。
    将来パートナーが出来たら、
    その子を養えるくらい自分に力がないと自信を持って「私と一緒になってください、幸せにします」って言えないと思ってた。


    今だったら長く務められる仕事として、専門職とか公務員とか選択肢があったと思うけど、
    すでに大学4年間を無駄に過ごしてしまっていた私には安直な方法しか思いつかなかった。
    働いたら働いただけ稼げる仕事に就こう、
    ブラックな世界に飛び込んで、
    いつも結果と向き合っていくシビアな生活。
    でも、若くて元気だったし、
    やればやるだけ成果も上がってそれがすっごく面白かった。


    地元の同い年の子達の1.5~2倍は給料をもらってた。
    私達はバブル世代じゃないけど、私は一人バブル状態だった。
    不安は何ひとつなかった。
    ストレスフルな生活だったから発散のために旅行に車に外食と相当なお金も使った。
    ガソリン注入!と言っては飲み、
    風邪はアルコール消毒に限ると言っては飲み、毎日晩酌。
    ザルだったので酒代は一晩何万もかかる時もあった。
    当時の彼女との生活費のほとんどを出してたし、旅行も外食も私持ちだった。
    時間をお金で買ったし、
    お金で済む事なら出すから済ませといて、と考えていた。


    でも、老後や将来への認識が甘くて、
    貯金はほとんどしてなかった。
    だって来月になれば50万弱の給料が入るんだもの。
    怖いものはなにもなかった。
    私にはチカラがあると思ってた。
    成果が認められ昇格し、地元を飛び出し都市へ転勤となった。
    30~40代になる頃にはバリバリの管理職でもっとリッチになってるハズ。
    頑張ればかなわない夢はない!
    そう思ってた。


    でも。
    察しのいい人はここまで読んでわかると思うけど、
    そんな生活は人生ずっと、ってワケにはいかなかった。
    30歳になって間も無く、過労がたたってうつ病になった。
    転勤先で張り切って、短期間で7kg痩せるほどのハードワークをこなしてて、
    あまりの痩せぶりにガンじゃないかと心配されてた所に急に来た落とし穴。
    仕事中や外回り中に猛烈な眠気に襲われ、
    たまらず飛び込んだカフェや移動の電車で意識を失うように寝落ちて何時間も目が覚めずアポに遅れたり、
    ものが覚えられなくなってケアレスミスが続出、
    とても仕事を続けられる状況ではなくなって。


    本当にうつだったのか今となってはわからないけど、
    当時はうつが注目され始めてて猫も杓子も抗うつ薬を処方された。
    薬は全然効いた実感なく副作用にばかり悩まされる日々。
    相変わらず眠くて気づいたら20時間くらい爆睡してて、ゴハン食べないからぎゅんぎゅん痩せてった。
    強制的に休職に追い込まれ、ちょっと良くなって復職するとまたぶり返し、
    そんな時期を2年過ごした。


    最初は死にたいなんて全然思わなかった。
    だだ猛烈に眠いだけ。
    だからうつ病じゃないんじゃないかと不信に思ってた。
    休職中もそれまで給与の6割は毎月振り込まれ、それでも普通の女子よりは額が大きかったから、
    そのお金をもらいながらゆっくり療養すればいいと思ってた。
    でも仕事ができない日々が続くとじわじわと恐怖と不安に怯えるようになった。
    私のキャリアは完全に折れてしまった。
    治ったとしてももう私の戻る場所なんかない。
    私の自信の源だったキャリアと稼ぐ力を失った。
    転落人生。
    数年後の自分さえ想像できなくて、怖くて震えながら嗚咽しもう死んでしまいたいと思った。
    そんな状態でパートナーシップなど継続できるはずもなく、
    数々の不貞とひどい裏切りを経て9年付き合った彼女とは別れてしまった。
    初めて付き合って、転勤先にもついてきてくれ、一生大事にすると誓い、その誓いを信じて疑う余地すらなくて、天地がひっくり返っても別れるなんてあり得ないと思っていたのに、
    本当に人生何が起こるかわからない。


    30代前半で、生き方の転換をはからなくてはならなかった。
    新しいライフスタイル確立のための、
    模索がはじまった。
    資格試験というものに初めて挑戦した。
    会社で散々Excel・Word・PPTをいじってるからとロクに勉強せずナメてかかったMOTでいきなり落ちた。
    今まで人生勝ち組にいる気になってたけど、
    地頭は良くないんだから死ぬほど努力しなきゃいけないんだと思い知らされた。
    それからいくつか資格を取って、今も勉強は続けている。
    仕事は短時間勤務から徐々に慣らし、
    抗うつ薬は医者がなかなかやめていいと言ってくれなかったが、
    飲まない方が断然調子がいいと気づいてから勝手に減らして勝手にやめた。
    どんなワークライフバランスが自分にとって可能なのか、続けていけるのか、
    自分の「ちょうどいい加減」を探りつつ、
    転職してまったく違う業界でイチからキャリアを積み。
    道筋が整った頃、今の彼女と出会った。


    30代半ばあたりから。
    今度は体調面の色々なトラブルが予兆もなく次から次へと降りかかってきた。
    意識朦朧とする痛みで救急に運ばれた事もある。
    ほっぺが急におたふくのように腫れ1週間ほどで治るという原因不明の現象も数度あった。
    筋腫もあるし甲状腺の数値も良くない。
    歯が弱くなって小中学校の頃治療した銀歯は軒並み再治療。
    ぼちぼちインプラントも視野に入ってきた。
    お金は貯めておかないといけない。
    若い頃の体力自慢はどこへやら、
    夏の暑さに耐えられず通勤電車で倒れそうになった。
    筋肉が落ちダイエットしなくても体重は5kg位減って服のサイズは9→7号になった。
    スリムになったと喜んだのもつかの間、膝を痛めたり足首も捻ったりしやすくなった。
    階段を勢い良く駆け上がったり駆け落りたりしなくなったのは、
    ヘタに動いてコケて前歯でも折ったらシャレにならないからだ。
    四十肩もやった。
    一般的によく聞く病名なので軽視されがちだが交通事故の後遺症と同じくらい酷い苦痛だと思う。
    腰痛も酷い。定期的に行く整体と形成外科のお金は固定費扱いだ。
    (私は20代で体を酷使してたので特に劣化が激しいのかもしれないし、個人差ある事なのでみんながみんなこうなるよって訳じゃないって事はことわっておく)


    最初は年齢的なもの、ホルモンバランスの変化によるものだとは気づかない。
    原因不明で、日常生活に支障が出るほどの深刻な不調が波状攻撃をしかけてくる。
    今日は元気でも、明日はどうだかわからない。
    ここでもまた、今の仕事を続けていけるだろうかと不安や葛藤に苛まれた。
    でも、私の場合38歳になる頃にはスーッと不調が消えた。
    その頃には体にムリを強いらずいれる立ち居振る舞いも身についていた。


    年を取ると自然と色んな欲求がなくなるもの、とよく耳にする。
    でも私にとっては圧倒的に、
    欲求はあるのにできなくなった事の方が多かった。
    それはひどくショックで屈辱的な事の連続で、自信喪失して卑屈になったりもした。
    ムリに欲求通りの行動をすると後で強烈なしっぺ返しがきて、
    のたうちまわりながら少しづつ己の限界を学び、
    できない自分を受け入れていった。
    少しづつ、少しづつ、だ。


    お酒はたまの機会に好きなものを少しだけ、
    ありがたい事に彼女が美味しいおうちゴハンを欠かさず作ってくれるので毎日の晩酌が入る余地はなくなった。
    徹夜をすると翌日使い物にならないのでサッサと見切りをつけて9時だろうが10時だろうが早く寝る。
    そんなライフスタイルも板に付いてきた。
    彼女とは養う養われるとかじゃなくお互い自立して、でももしどちらかが仕事を失った時には支え合おう、と。
    勿論、少々無職期間があっても平気な位の貯金はお互いある。
    経済面の自立と相反して生活面は甘やかされている(笑)
    「つぐをは病弱だからゴハンちゃんと食べないと心配」
    彼女に過保護気味にそう言われると、
    以前は「私、病弱なんかじゃないよ!アナタは知らないけど若い頃の私はそりゃもう…」とブーブー反発したけれど、
    今はエヘヘと笑ってニヤニヤしている。


    セクマイである事を親に反対され、熱湯をぶっかけられたり火をつけられ虐待されたとか、
    親とケンカし10代から家を飛び出し夜の世界に飛び込んだとか、
    ドラマや本になりそうなドラマチックな人生ではなくて、
    私の人生なんかは至って平凡の部類だけど。
    逆に誰にでも起こりうる事として参考になればいいかな、と。


    そして、迎える40代。
    老いを迎え受け入れる基本姿勢は身に付けたつもりだけど、
    まだまだ思いがけない出来事や方向転換を迫られる事があるかもしれない。
    でも、何が起きようと、一つ一つの課題に真摯に取り組んで生きたいと思う。


    そして、
    本当のシニア期を迎えるにはまだ猶予がある。
    ムリの効かないお年頃になったとは言え、できる範囲で慌てずなる早で、先に向けての準備を進めて行きたいと思う。
    そしてあくまで可能な範囲でだけど、
    こうして綴って行くことがロールモデルになるのなら、
    それはそれで意味があるのだ、と。
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